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クライング・サウス 〜 Crying South 第4回

【追われる人々】

着陸後、吹きつける雨の中を町まで車を飛ばす間、遠くにツクルが散見できた以外、ほとんど人間の集落はなかった。もともと南スーダンは広大(日本の約3倍)で牧畜民たちの居住密度がそれほど高くないにしても、ほとんど人間の匂いは感じられなかった。石油施設建設の時、多くの人間たちは強制的に自分たちの土地を追われたのだ。

石油施設とはプラント本体を建設する敷地、関連物資を運ぶ道路(それも雨期でも走れるオール・ウェザータイプ)、関連スタッフを運ぶ飛行場(エアー・ストリップ)、そして24時間原油を流し続けるパイプライン、労働者の宿舎、トラック、重機を置いておく敷地など相当広大な土地を要求される。しかし当然そうした土地にはすでに人間たちが生活を営んでいる。そこに大きな問題が生じる。国家と企業は時に一体となって圧倒的武力を持って人間たちを追い出す。

最近平和構築≠ニいう言葉をよく耳にする。しかしそうした耳障りのいい言葉を使う前に、現地で、現場で「誰とダレが」、「何故」戦っているのかという現実≠まず良く知っておいた方がよい。

石油は現代社会を動かしていく上で不可欠のエネルギーであることは誰もが認めるところだ。発展を維持するため、だから人は、企業は、国は血眼になってそいつを探し、奪い合う。見返りとしてそこから莫大な利益が生まれる。だから多少の無理は承知で莫大な投資をする。しかし長い間そこに住み、伝統的価値観で昔ながらの暮らしを営んできた人間たちにとって、そんなことは預かり知らぬところだ。

ある報告によれば、以前タルジャの飛行場から町までの約80キロの沿道には少なくとも、6つの村があったという。だが今は一村もない。村は潰され、人間たちは武力によって追われたのだ。それは単なる道路建設反対運動といった話ではない。そこに先に紹介した南北内戦、さらに南部ゲリラ同士の戦いが幾重にもオーバーラップしてきたとき、おそらく個人の小さな?暮らしなどいとも簡単に吹っ飛ぶ。戦いは苛酷で情け容赦ない。

ある部分オレタチの暮らしはそうした上に成り立っている。ある資料によれば、アメリカの異常な一日の石油消費量2千2百万バレルは別にして、中国7百万バレル、そして先進ヨーロッパ諸国がだいたい2百万バレル前後、しかし日本は何とその倍の一日5百万バレルの油を飲み込んでいる(New Scientist Magazine)。日本というパラダイス、アメニティ空間がこうした突出した数字から成り立っていることを忘れてはならない。
黒い油の一滴を得るために、誰とダレがどの様に戦っているのかを知っておくのも無駄ではない。

ある軍事専門家によれば、現代の最も先端の軍事学の関心、核心は、核でも弾道ミサイルでもない、地上での人間同士の戦い、地上戦にあるという。幸いにも広島、長崎以来、前者はほとんど使われてない。仮≠フ話し、シミレーションが中心だ。だがあえて言うまでもなく地上戦は違う、イラク、アフガン、ソマリア、そしてコンゴ、今でも多くの人間たちが毎日涙と血を流し、家族は引き裂かれ、命が失われている。これは軍事マニア、オタクの世界の話ではない。現実の話だ。その戦いの中心に石油をはじめとした「資源」がある。南スーダンで展開する石油資源をめぐる地上戦、それがScorched-Earth-Operation(焦土作戦)≠セ。ここでは触れないが周知の通りレアメタル(希少金属)をめぐる現在のコンゴの戦いもまた然りだ。そのプレリュードとして「ルワンダ虐殺」があった、いや仕組まれた≠ニいうのをご存知だろうか。
石油、レアメタル----資源をめぐる暗闘は想像を超えた深い闇の中でうごめいている。

【ミリシア/militia】

南スーダンの地上で現実に、誰とダレが戦い、焦土作戦を実行しているのか。スーダンの戦いの主役、それは現在のダルフールも含め、ミリシア(militia)、スーダン政府軍そして反政府ゲリラ/SPLA(スーダン人民解放軍)だ。ミリシア、さらにゲリラの存在を知らずしてアフリカの戦いを知ることはできない。ゲリラもミリシアという言葉も平和≠ネ日本では名馴染みがない、非常にありがたいことだ。だがかれらはアフリカ紛争地では戦いの主役である。

ミリシアとは政府軍など正規の軍隊(regular-army)に属さない「武装民兵」のことだ。武器は政府軍あるいは武器市場、商人から手に入れる。時に非正規軍、予備軍(standing-army)ともいわれる。武力のレベル、戦闘能力からいって単なる強盗、ヤクザの集団とも違う。過去ギリシャ・ローマの時代から欧米には数多くのミリシア集団が存在した。近いところではアメリカの独立戦争で活躍したミリシアが知られている。したがって今のミリシアという言葉は英語である。それをはたしてアフリカ紛争≠ニその武装集団にそのまま当てはめていいかは若干の留保が要る。ただ欧米の研究者、とくにメディアが積極的にその言葉を使ってきたので、今では定着している。
ではゲリラ(guerrilla)とミリシアはどう違うのか。アフリカ紛争を知る上で欠かせない程度に説明をしておく。

スーダンでは、一般的にミリシアが政府系なのに対し、ゲリラは反政府系といっていい。完全な反政府、反乱分子はレベルズ(rebel)、あるいはインサージェント(insurgent)ともいう。ルワンダのインテラハムウェなどフツ族過激派ミリシアはルワンダ政府によって作られ、反政府ゲリラのRPF(ルワンダ愛国戦線)と戦った。

国境をまたぎ、あるいは国内で前線(フロントライン)を形成し戦闘によって支配地域を維持、拡大、時の権力打倒を目的とする反政府武装集団をゲリラという。行動的には、小規模で、戦闘力を伴った移動性、インテリジェンス(人間・地勢読解力)とネットワーク力に優れ、戦術的には待ち伏せ(ambush)とヒット&ラン攻撃を主体とした戦闘集団だ。補給を断たれても自前で生き抜けるタフネス、長時間、長距離の移動に耐えうる体力は、とくにスーダンのような苛酷な大地での戦いでは絶対条件だ。何もないところでも方向を見分け、必ず目的地にたどり着ける勘と能力もまたアフリカのゲリラ戦には欠かせない。

以前、南部で取材していたとき、向こうから十数人のゲリラの一団がやって来た、腰を下ろすとかれらはメシの支度を始めた。石を集めかまどを作り、枯れ枝を燃やす。リュックから鍋を取り出し、水を少し加え沸かす、その後突然、小さな葉を木の枝からむしりとりそれを鍋に入れた。銃は背中に回し背負ったままだ。葉っぱが少し柔らかくなったところでおもむろに食べる。食べたと思ったら即出発。その間15分から20分、ゲリラたちは早足に直ぐにブッシュの中に消えていった。

22年間(83年〜2005年)、SPLA(スーダン人民解放軍)ゲリラは南部の自由と権利の回復という政治的目的を掲げ、北部ハルツーム政権と戦ってきた。一方、ミリシアたちはそうした独自の明確な政治的ゴールは持たない。

ミリシアの戦い、焦土作戦を理解するため、そうした戦いと密接に関係している家畜強奪(cattle-raid)、戦いの風土について簡単に見てみたい。

【戦いの風土/家畜強奪〈cattle-raids〉】

南スーダンの民族分布はとくに南部地域は複雑で農耕民(バンツー)を中心として多くの少数民族が暮らしている。一方それ以外の中部から北部にかけてはヌエル、ディンカ、シルックといった牧畜民たち(ナイロティック)が生活を住んでいる。かれらは定着せず農耕を営まない遊牧民(ノマッド/nomad)とは違う。牧畜民(パストラリスト/pastoralist)はわずかではあるが自給用に一定の畑を持ち農耕を営んでいる。ナイル川流域一帯の主な主食作物はソルガム、そしてメイズだ。地域によっては魚を獲ったり、豆やゴマ、オクラなどの栽培をしている。牛を中心に生きる彼らは雨期と乾期、即ち牧草と水の多少によって移動し住み分ける。水と牧草の豊富な雨期(5月〜11月)にはツクルのあるやや高い定住地で過ごし牛の世話をしながら畑仕事をする。一方、水と牧草の確保が厳しくなる乾期(12月〜4月)にはナイル川沿いならば川の近くで、またそうでない場合はそれぞれの水場の近くで過ごす。主に若者たちが中心となって、外敵から大切な財産である牛を守るためキャトル・キャンプを作り、牛とともに寝食を共にする。一頭一頭の牛に名前を付け、友人(牛)を讃えるための詩を作るくらい彼らにとって牛は貴重な存在、財産を超えた自分そのものであるといっていい。

若者たちはキャトルキャンプの共同生活で勇気と力、友情と責任などを学び一人前の男、戦士として成長して行く。牛の世話に次いで重要な仕事は敵の来襲から牛を守ることだ。当然こちらからも他のキャトル・キャンプに攻撃を仕掛ける。キャンプを襲撃、牛を奪ってくることをキャトル・レイド(家畜強奪/cattle-raid)という、時に、女子供さえも奪ってくる。家畜強奪以外にも水、牧草など彼らの間に争いの火種は絶えない。敵集団との戦いは日常生活の一部であり、同時に、戦士の組織、戦術、情報、そして連帯感から士気に至るまで、それは戦いの文化といえるほどに高められた。そうした土壌の上に、内戦がオーバーラップしてきた。

80年代に入り内戦が激化、AK47ライフル銃に代表されるような近代兵器がどっと流れ込み、人間、家畜ともに双方の犠牲が以前よりも急激に増え、村々の荒廃もまた進んだ。戦いを調停して来た長老たちの力も失われ、戦いの文化は激変した。

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