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アフリカ・フロントラインから見えてきた日本
vol.2 (1)

■ネオンの海

今回のフロントライン、それはアフリカの石油地帯でもまた難民キャンプでもない。それは東京、新宿歌舞伎町だ。
オレはついこないだあることがきっかけで、歌舞伎町でバーを経営するナイジェリア人と彼の店で飲んだ、といっても貧者のオレが払うわけでもなく、7時半の開店前の2時間ほどを話しをしながらビールを2、3本ご馳走になった。
男がオレと話をしたいというので、その日の夕方4時に歌舞伎町の入り口にある量販店の前で待ち合わせた。蒸し暑い夏の終わり、町行く人たちでごった返す場所に行くと、意外にも男はすでにオレを待っていた。内心オレはドキドキものだった。

ナイジェリア人たちの悪については散々聞かされている。「車の窃盗」「巨額の取引を装う詐欺/マネーロンダリング」「クスリを捌くマフィア」「女を食いものにする悪」等々、噂を上げればきりがない。数年前、いやもう10年も経つだろうか、取締りが厳しくなり中国ヤクザたちが少しづつ歌舞伎町から撤退してゆく中、その間隙を縫って歌舞伎町に勢力を伸ばしてきたのがナイジェリア人たちだ。彼らは中国人たちが手放した店を次々に買っていった。そうした場所に割り込み、乗り込んでくるパワーは並外れている。同じアフリカ人たちからも妬み混じりに嫌われる場合も少なくない。
歌舞伎町のど真ん中にある店のエレベーターに乗り、3階で降り、まだ誰も着ていない薄暗い店に入った。10数坪のクラブ形式のバーは冷房がガンガン効いていた。

「ビールにする」
「ウン、でも少しでいいよ」

オレは警戒を解いていなかった。
男はグラスに注いだビールを二つ持ってきた。
オレタチは乾杯した。
冷えたビールを飲みながら、いきなり目の前のドアが開き、数人のが体のいい黒い男たちが入ってくるのではないか、また、直ぐに眠くなってしまうのではないかなどと余計なことを考えたりもした。
男は膨らんだカバンの中から、次々に書類を引っ張り出し、自分のバックグラウンドについて説明し始めた。
その内、例の詐欺事件関係のドキュメントが出て来てボロ儲け話が始まるのではないかと若干身構えた。
テーブルの上に置いてあったメニューを見ると、10品くらいしか書いてない。だいたいどれも一品2000円から3000円だ。
「ここはぼったくりバーじゃないよ」と言いながら男は笑った。
男はナイジェリアという国、ビアフラ戦争、デルタで獲れる膨大な量の石油、またナイジェリアの南北対立、そして貧しさなどについて、時折ビールを口にしながら話した。
一体、こいつはオレに何を言いたいのか、話したいのか。そろそろハッキリさせたいと思っていると、男は意外なことを言った。

「ナイジェリアに学校を建てたい、日本のような教育をしたい」
「・・・・・」

それはもちろん良いことだが、しかしそれとオレがどう関係あるのか、何故オレがこのとかく噂のあるナイジェリア・バーにいなければならないのかと上手く繋がらなかった。そうやってここに連れ込まれた日本人はたくさんいるのではないかと、オレは疑ったりもした。オレとて40年近くアフリカと日本を行き来している。戦場にも足を運んだ、また大分以前だがナイジェリアにも2度ほど行っている。ラゴス、ポートハーコート、マイデュグリ・・・・、アフリカ人たちとの多少の駆け引きも承知している。
オレの心は話の核心を求めてアップ&ダウンしていた。
オレと仕事をしたいのか、オレに何か手伝ってもらいたいのか。
人を騙すには、十分すぎるほどの手間隙、根回しが要る。今それを男はやっているのではないか・・・。学校を建てるだなんてホントにこいつはいい奴じゃないのか。いや日本人は案外こういう話に弱いことを知っているのかもしれない。そんなことが頭の中を巡りながらも結構、リラックスして色んなことを話し続けた。
オレは話の向きをナイジェリアに戻した。

ナイジェリアは人口の多さ(1億4千万)、OPEC第5位の石油生産量から生まれる富を中心とした経済力で南アフリカと共にアフリカのパワーハウスと呼ばれている。その一方で石油開発、輸出を巡る権力者(軍と政治家)たちの汚職、腐敗の話は絶えない。ナイジェリアの総輸出額の95%、総収入の7割以上を石油が占めている。

大きく3つの力の源泉がある。@南西部のヨルバ族を中心とした豊かな農業と商業、そして流通を牛耳る世界、首都ラゴスはその象徴だ(ただし莫大な富をもたらす石油産業は、かつては盛んだった農業を衰退に追い込んでいる)Aイジャウ、アドニ、オゴニなど多くの少数民族が暮らす東部、ニジェール・デルタを中心とした石油生産地帯(デルタに暮らしながらも18%の人口比率を有するイボ族は少数民族とは言い難い)、そしてBハウサ族を中心にナイジェリアの政治、軍を牛耳る北部だ。宗教的にもまた難しい。@Aがキリスト教なのに対しB、つまり北部はイスラム教徒の世界であり、かれらがナイジェリアの富と実権を握っている。ナイジェリア最大の資金源=石油もまた軍をバックにかれら北部が支配している。そこに当然南北対立が生まれる。北部による南部の支配、貧困の放置、それに対する南部の不満、そしてニジェール・デルタを中心とした反政府、反石油企業(主にシェル)闘争等々、ナイジェリアが安定に向う兆しは見えない。一方、石油関係者の誘拐、身代金要求、関連施設の破壊などデルタ住民の権利と幸せのために戦ってきた反政府ゲリラ活動は、ここに来て武装グループによる石油会社のパイプラインや積み出し船舶から奪った石油の横流し、不正な利益の確保等、住民の利益に反しているとして、一部では離反する支持者も出てきた。1956年に石油が発見されて以来、石油開発による環境破壊、生活破壊もまた酷い、かつては豊かなマングローブ帯が広がっていた海岸地帯も今では油で汚染され、魚は死にマングローブ林は壊滅的打撃を受けた。

オイルマネーがすべて、それさえ手に入れば農民たちから上がるわずかばかりの税収など必要としない。極端に言えばそこに生きる住民もまた必要ない、したがって学校や病院を建てる必要もない。

南北対立と石油、住民無視の構図はオレがしばしば訪れるスーダンと似ている(ナイジェリアの石油開発が主に海岸部の住民たちに被害を与えているのに対し、『クライング・サウス』でも書いたが、スーダンの場合、内陸部の人間たちと家畜に大きな油汚染被害を与えている)。スーダンが北部のアラブ・イスラム対南のアフリカ系・クリスチャン(非イスラム)というふうに分かれているのに比べ、ナイジェリアは南北共にアフリカ系という点が違う。しかし双方ともに根底には「貧しさ」「失業」「教育の不平等」等々があるのは共通している。一度首都のラゴスを訪れてみればわかるが、その騒々しさ、交通渋滞、エネルギッシュな混沌、そしてスラムとゴミの山にはただただ圧倒される。最近では「ハリウッド」「ボリウッド(インド、ボンベイ)」についで「ナリウッド」として映画産業の中心としての成長も著しい。

vol.2 (2)