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クライング・サウス 〜 Crying South 第7回

【ボア・ホール/石油試掘穴】
村を抜けると潅木帯が広がってきた。
ロベルトが車を止めさせた。

辺りはブラック・コットンといわれるやや粘土質の黒ツチに覆われている。車を降り、さらに道の脇を下に降りた。沼のような緑色した小さな池があった。

ロベルトが「very contaminated(非常に汚染されている)」と言った。
池の盛り土を越えたとき、家畜の白骨死体が散乱していた。牛だという。
「どうしたの?」
「汚染された水を飲んで死んだんだ、よ」
「何故、この池の水が汚染されてんだ?」、オレは聞いた。
「今説明するから、もっと先に行こう」、ロベルトは促した。

再び車に乗り込んで少し進むと、牛の死体が地面に転がっていた。
オレはカメラを回しながら近づいた。ハエが群がり飛んでいた。
「OK ! 説明してくれ」
「このもっと先に行くと、ボア・ホール(試掘穴)がある」
「数ヶ月前、中国が石油の有無を確かめるために試掘(ボーリング)した穴だ」
「そこからかれらが期待するほど多くの黒い油は出なかった」
「穴の深さは3000m、ボーリングの時、石油の有無を確かめるために大量の薬品を穴に流し込む」
「その薬品は人体に凄く有害だ、わかるだろ、当然牛にも良くない」
「かれらはそんな穴をあちこちに掘り散らかし、出なければそれを棄て、次に行く」
「問題は雨期だ。最近この辺の雨期もおかしい、以前と比べて洪水も頻繁に起きる。ほとんどの場合、あたり一面水浸しになる」
オレはカメラを回しながら黙って聞いていた。

「溜まっている水は普段は穴から出ない、しかし雨期に入り大雨が降ると、穴の中の水が一気にあふれ出てくる・・・・」
「その時穴に溜まっていた有害な薬品も一緒に大量に流れ出し、あたり一面を汚染する、全部だ!」
「それを牛が飲む」
結果は見ての通りだといわんばかりにロベルトは足で牛の腹を軽く押した。

「これは乳牛だ。子供たちの大切な栄養源。毎日子供たちがそのミルクを飲んでいる。毎月3000頭以上の牛が死んでいる。5年10年経てば牛はいなくなります、人もいなくなる。死んでいるのは家畜だけではない、人間もだ!」
ロベルトはハッキリと、しかし淡々と話した。

石油採掘自体が引き起こす問題点については以前に書いたが、それらは政府軍やミリシアたちに家を追われたり、家畜を奪われたりとか内戦に絡んだものだった。

しかし今目の前にあるのは、そうした困難な状況の上にさらに追い打ちをかけるような危険な問題だった。それは家畜だけではない、当然人間の生存も脅かす。
内戦下の「環境汚染問題」。

採算の取れる石油採掘、利益の増大による発展≠ニいう経済原則が、環境への関心とその対応を許さない。まず利益だ(そうした過去を日本のどこかで見てきた気がする)。さらにそこに内戦の困難がオーバーラップしてくるとき、人間一人一人の生きる姿は遠くに退いてゆく。

一部の人権団体の関心は別として、オレが書いてきた南スーダンの戦いが引き起こす問題自体ほとんど、ニュースのヘッドラインを飾ることはない。

しかしまちがいなく人々は追い詰められている。
しかも人々の苦悩は声となって届かない。
オレたちは車に乗り込みさらに進んだ。
前方に木のない赤茶けた地面が開けてきた。
盛り上がった残土の山、空は圧倒的に抜けて青い。遠くでは牛の群れが悠然と草を食んでいる。(アフリカ的)牧歌的風景だ。
だが牛の群れの向こうには無数の銃が、群れの回りには利益を追い求めて掘られた危険な穴がいくつも口を開けている。
目の前に広がっているのは中国が試掘した跡だ。巨大な櫓(リグ)が組まれ、多くの車と人が押し寄せ、騒音が一日中響いていたという。

少しだけ歩くと穴があった。
「ボア・ホール」、ロベルトが指を指した。
直径は1mとない、小さな穴だ。だが3000mの深さがあるという。この穴に薬品が大量に注ぎ込まれたのだ。

「その薬品と牛の死の因果関係はまちがいないのか?」、オレはロベルトに聞いた。
「もちろん、ちゃんと実験もしたし、科学的にも証明できている」
ロベルトは自信ありげに言った。

しかし、それを持って訴えたところで、最終的相手は石油会社以上に、企業に採掘権等を与えている北のアラブ政府だ。ついこないだまで戦っていた相手だ。ましてや人間の生活権や環境問題についての訴えについて何処まで耳を傾けてくれるのか・・・・。

平和条約(CPA)は締結されたものの、こうした問題については十分な調査、対応がなされてない。
利益だけを求めてやって来るやつら
土地の人間や家畜、生活のことなど一切考えないやつら
「ここでも人々は戦った。でもその結果ワレワレは石油地帯≠ゥら追い出された。ここの人間たちにとって唯一価値あるもの、それは家畜です。しかし戦いはすべてを奪った。子供たちもだ、すべてだ。奪われる、殺される、それが追い出される≠ニいうことです」

近くに赤茶けた残土の山があった。
登ってみた。
足下には、小さな池があった。
しかし、池に溜まっているもの、それは水ではなく油だった。油の表面に熱帯の陽の光が反射し、真っ白な雲が映っていた。

【アルミの杖】

次の日、オレは中国の石油プラントが見たいと、ジェイムスに言った。それは取材目的の一つだった。どの程度撮れるのかはまったくわからなかった。ただ、ジェイムスや回りの人間の雰囲気からしてそう簡単ではないことはわかっていた。
車はいつもの道を飛ばしていた。
しばらく走ると飛行場へ行く道だとわかった。右手に「中国」とか「長城」とかいった漢字が見えてきた。しかしそれはプラントではなく、重機や建設資材置き場、事務所などだった。車の中から何度となく撮影している。

オレは何で飛行場に行くのか内心穏やかではなかった。取材は思うように進まない、まだプラントや中国人の姿が撮れてない。十分に時間があるわけでもない。
車が飛行場に着くと、入り口のところにガードマンがやって来てジェイムスとなにやら話していた。
その時「スティック、スティック」という言葉が聞こえた。
「スティック・・・・」
「杖」がどうしたんだと思っていると、ジェイムスが大きなハンガー(格納庫)の方に歩いていったのでオレも仕方なくついて行った。

男がアルミ製の長い一本の杖を持って出てきた。
ジェイムスはそれを受け取り礼を言った。
驚いた。
ホテル≠ゥらここまでわざわざ来るときの飛行機の中に忘れてしまっていた杖を取りに来たのだ。
かなりありえないと思った、がしかしこれがアフリカ的リアルだと自分を抑えた。抑えてさらに笑いに変えるくらいの自己変身ができないとアフリカ取材はできない。
かれら、いやとくにこのジェイムスにとって一番大事なこと、それはオレのとくに取材の成功でもない、ただ、毎日生きている、そのことだからだ。

もちろんジェイムスはオレの大切なアフリカ人の友人の一人であって、元兵士であって、だけどメディア専門のプロのガイドではない、オレが勝手に現地に詳しいからというので雇っただけだ。おのずから限界がある。そのことが分かっていたからセキュリティも兼ねてわざわざケニヤからディクソンを連れて行ったのだ。

コンゴとかルワンダ、あるいはソマリア辺りには車を持ち、BBCやロイター、CNNなどのテレビクルーを乗せ、取材ガイドのプロとしてやっている者たちも何人かはいる。しかし、スーダン、ましてやこの石油地帯にそんな奴などほとんどいない。だからどんな人間、どんな情報ネットワークに出会えるか、それは取材成功の大きな鍵を握っている。
その意味からいうと、ジェイムスは決して悪くはない。得難い人物、コネクションといっていい。

抑えて変身したつもりのオレだったがしかし、帰りの車の中で、ディクソンについ愚痴った、いや軽くジェイムスを詰った。
元SPLA兵士、戦場のライオンは、想像を超えて誇り高い、誇り高くない奴は戦場では生き残れない。それは男の鉄則だ。
一端ホテル≠ノ戻り、テントの中でオレはディクソンと、ジェイムスのことを話していた。
「何であいつの杖を取りに行くためだけに飛行場を往復しなきゃならないんだ!」
「ディンカもどこまで信用していいか、わかんないな」
ディクソンも首を左右に振った。

アフリカ人同士(異なる民族間)というのは、友情も育つと同時に、それ以上にお互いシビアな人間観察をしている。
その時、
「カシャ、カシャ」と音を立てて、ライオンがやって来た。
テントの前は開け放たれていた。
ライオンの額からは汗が吹き出ていた。
ライオンは一気に怒りを爆発させた。

「シロ!もし、オレの案内が嫌なら他を使え!オレはオマエラが陰でオレを批判し、オレ以外のところから根回ししようとするのが最高に許せない!」
完全爆発だ。
「シロ!わかったか」
「シロ!オレはお前を信じていた」
ジェイムスはやたらとオレのことをシロ、シロと呼ぶ。

「オレは知らない、兵隊っていうのは最後まで信じて戦う人間のことをいうんだ、お前らはオレを信じてない」、こっちが身をたじろがせるくらい凄い爆発力だ。このエネルギーでアラブのミリシアたちを蹴散らしてきたのかもしれない。このままだとやばいかなと・・・・、オレは感じた。

こういうときのためにディクソンをケニヤから連れてきたのだ。
下手に反駁しやり込めたら、今度はたぶん指されることもありえる。逆指名だ。
つまりSPLAに売られるってことだ。
売られたらアウトだ。
セキュリティ関係に直ぐに拘束される。

アフリカ人たちは他民族に対して見方がシビアな分、物事を平和的に収めようとする能力、交渉力もまた鍛えられている。強盗とかミリシアの襲撃とかは別として、いきなり相手に暴力を振るうことはまずない。
まず言葉で、やりあう。
相手の立場を最大限尊重しつつも、どこかで自分が正当化されたあたりで、おそらく握手とか、手と手をぶつけるか、叩きあう。

狭い昼間のテントの中は、3人の相当むさい男たちの熱で、さらに熱くなってしまった。
まあ、オレもどこかで納得できない部分もあるが、次に期待するしかなった。
「メシだ、昼飯でも食うか」
ディンカとルオ(ディクソンの部族)のでかい二人-----長身と巨体-----は、
「アア」、と言って立ち上がった。

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